2010年11月20日土曜日

最後の晩餐的な

弟(2号)が結婚します。
ということで、滅多にない家族そろっての食事をしました。

メニューはキムチ鍋と、弟の要望で豚の角煮。

私は、弟のためという大義名分を得て美味しい日本酒を買いました。でもほとんど自分で飲みました。弟はあまりお酒飲まないので。

我が家、実は兄弟みんな建築関係の仕事をしていたりします。むしろ、家族全員家づくりに携わっています。自由な家だったのでみんなバラバラな性格ですが、気付けば同じようなことをしていました。

性格も、考え方も、ご飯の時間もバラバラなので、普段はあまり話をしません。なので食事会が成り立つか少し心配していました。笑

杞憂に終わりましたが・・・。

昔の喧嘩話(戦国時代を懐かしむ老将の心持ちで)、これからどうするのかという話(弟にうざいと言われながらも)、いつか同じレベルで仕事師として手を組めたらいいねという話(兄弟としての甘え無しが必須条件だが)、死んだ祖父母の苦労話(門出に際しての訓辞として)、思い思いに話し、食べ、飲んだ。家族そろって会話しながら食事をするなんて・・・、普段まとまりのない我が家にしては珍しい光景だったと思います。

まあ、弟くんおめでとう。

さて、次はいつ美味い酒が飲めるだろう。

2010年11月5日金曜日

百年倉庫

形あるモノはいつか朽ちてしまう。
結ばれた輪郭も、やがて解けてゆく。
おぼろげな肖像だけが、埃をかぶったまま幽かな光線に浮かぶ。

いつか砂浜に描いた夢は今日も波間とじゃれ合っている。



今日は来月解体予定の倉庫を見に行って来ました。
碧南にこんなのがあったことにまずビックリですが、とにかくすごいです。
明治初期に建てられたという倉庫です。
と言うことは、三河地震、伊勢湾台風をくぐり抜けてきたと言うことです。



上の写真、内部の壁です。
見ての通り上と下で色の違う部分があるのですが、伊勢湾台風で浸水して落ちた壁を塗り直した跡だと言うことです。
その上の部分は明治時代から残っている部分だと思います。
今風に言えば、自然素材100%の土壁です。

さらに天井を見上げると・・・、



おそらく松ですが、大人でも手が回らないかも知れないくらいの太さの棟木です。
解体するのにも重機でどうしようかというレベルなのに、当時どうやって建てたんだ?
碧南のオーパーツか、と思って社長に聞いてみたら、多分滑車で吊ったんだろうと言うことでした。
社長が大工を始めた頃は、レッカー無しで建前をしていたそうで、当時は普通の住宅でも近所の方々など総出で、30人くらいはお手伝いの方がいたそうです。
しかしこの倉庫だと、何人くらいで建てたのだろう・・・。

そんな倉庫の解体です。
どうなるのか、寂しさと、好奇心とのせめぎ合い。
そうだ、永遠は向こう岸にあるから憧れるのだ。