3月の上棟に向けて刻み加工中の作業場の様子を少しばかり。
今はほとんどの家がコンピューターで組み上げられ、工場で刻まれていますが、本来はこうして人の手で加工されていました。
加工のしるしを付けることを「墨付け」と言い、加工することを「刻み」と言います。
作業場の中はさまざまな木の匂いでいっぱいです。
今日はヒノキの柱を加工していたので、清清しくて鼻の置くまで届く匂いがしていました。
こういった技術の伝承が、今危うくなっています。
先人の知恵は、ただ伝統であるから大切なのではなく、人が豊かに暮らすための知恵だから尊いのだと思うのです。それぞれの地域に根付いている伝統。それはその地域の豊かさを支えてきた存在だったはず。伝統が失われるということは、豊かさが失われるということでもある。
こういったこと、本当は、多くの人が大切だと思っているはず。
ただ、知らないだけなんですよね。だれも教えてくれないから。
もちろん、伝統に胡坐をかいた伝統は唾棄すべきものですけどね。
でも大丈夫。最近では、大工さんの伝統的な工法を科学的に位置づけようという試みがなされています。じつは今までほとんど研究されてこなかったそうです。明治以降、西洋の考え方が良いとされてきたからです。
たぶん、島国の日本はそうやって外から寄せる波とのバランスをとりながら、自分たちに心地のいいものを見出してきたのかなと、思います。だから、伝統も先端も、最後は同じ。かつて仏教がそうであったように。
伝統とはどこへ行くものか、そんな伝統と出会えた私は幸せです。
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