
友人の営むお店で癒されたり、アフリカはジンバブエの民俗楽器ムビラのライブを聴いたり、泉涌寺、雲龍院など見て回り、人の少ない平日の京都を満喫し、最後にちょろっと築百年以上の借家に住む友人宅へと…。
彼はタタミ職人の下で修行しながら日本の伝統文化の衰退を憂いているのですが、ある時小学生を相手にタタミの素晴らしさを伝える機会があったそうな。
彼は熱心にタタミの良さ、伝統の素晴らしさを伝えたのでした。
ところが、そんな彼に返ってきた言葉は
「タタミって便利なんだね」
というものでした。
これは如何に…、彼は日本の伝統文化であるタタミの良さを伝えたのに、小学生はそれを便利なモノだと言う。これには他の職人たちも驚いたそうな。
これは小学生が素直だという話ではありません。
タタミが伝統文化として息づいているのは、「タタミが便利」だったからという本質を、外連味のない小学生の一言が喝破し、職人たちがタタミの本質を再認識させられたというお話です。
タタミは単に和室の演出のためにあるのではなく、日本の気候風土に根ざした便利なアイテムだったのです。
この話を聞いて思いました。これは畳だけの話では無い、と。
木造建築も、食べ物も、何もかも、知恵、伝統として残っているモノには「便利」という合理的判断が働いているのです。
知っていることがもたらす恵み、これは家づくりには欠かせない事だと思うんです。
1000年以上の知恵の集積を使わない手はない。
家づくりだけではなく全てのことに対しても、メディアから流れてくるイメージや価値観に振りまわされるんじゃなくて、自分の生活に根ざした価値観を見出していくことが大切なんじゃあないかと思うわけです。
そんな家づくりの先には、きっと満足のいく住まいが現れてくるはずです。
※ちなみに写真は雲龍院門前の石、酒肉ネギニラなど禁止なんだって。
タタミは便利☆from京都
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